戦国時代を苛烈に生きた、織田信長の名言

  • 投稿:2012年11月12日

  • カテゴリ:名言

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戦国時代を制覇しようとした時代の傑物、織田信長の名言です。

▼織田信長

織田信長は尾張国の戦国大名、織田信秀の嫡男として生まれ、幼名は吉法師と名付けられます。少年時代は変わった行動をする事が多く、大うつけと呼ばれていました。元服し上総介信長となり父、信秀と敵対関係にあった美濃の戦国大名である斉藤道三と和睦を成立させ濃姫と政略結婚を果たす。この頃火縄銃500丁を注文している。父・信秀死後尾張国では家督争いが勃発するが信長が統一。しかしすぐに東の大国今川義元が尾張国へ侵攻してきます。これがかの有名な桶狭間の戦いです。今川軍の軍勢は2万~4万の大軍であったがこれを信長は5,000で打ち破ります。その後今川から離反した松平家(後の家康)と清洲同盟を結んだ。その後織田信長は時には窮地に追われる事もありましたが、数々の戦いに勝利し朝廷から太政大臣・関白・征夷大将軍のいずれかに任じたいという意向を示されたが、本能寺の変が起こりこの世を去りました。

▼織田信長の名言

臆病者の目には、敵は常に大軍に見える。
人間の一生は所詮50年。天上世界の時間の流れに比べたらはかない夢や幻のようなものであり、命あるものはすべて滅びてしまうものだ
必死に生きてこそ、その生涯は光を放つ。
仕事は自分で探して、創り出すものだ。与えられた仕事だけをやるのは、雑兵だ。
俺が見事な弓矢をとることができたのは、皆、平出政秀が諌死したからだ。
絶対は絶対にない
いつの時代も変わり者が世の中を変える。異端者を受け入れる器量が武将には必要である。
援軍が来そうなところへは少しも援軍を出さず、出るはずもなさそうなところへ援軍を軽々と出すというところに利益は得られるのだ。
人間が城を頼りにすると、城が人間を捨てるようになる。
是非に及ばず
頼る物がある者は、頼る物のために滅びる。
組織に貢献してくれるのは「優秀な者」よりも「能力は並の上だが、忠実な者」の方だ。
鍛えられた能力は、生まれ持った能力よりも優れている。
人を用いる時には能力で選ぶべし。
理想や信念を見失った者は、戦う前から負けているといえよう。
廃人と同じだ。理想を持ち、信念に生きよ!
器用というのは、他人の思惑の逆をする者だ



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